小説_1
高校3年の夏、
卒制展示会の日、
「いい天気なんだし、こんなの見てないで、デートでも行こうよ」
と私の作品の前で、そういった女を、今でも覚えている
花柄の薄いスカートに、フリルのついたブラウス、綺麗に巻いた髪も、覚えている
甲高い声が鼓膜を劈くような気さえした
麻のシャツのしたに、ボーダーのはいったTシャツを着ていた背の高い男が
「そうだね」
と言って、女の腕を自分の方に引き寄せたのも、覚えている
見て見ぬふりをして、気にしてないふりをした
女のハイヒールが床を何度もならして、
「本当は悔しくて、かなしくて、たまらないんだろう?」
と髪を引っ張っていたが
荒くなる呼吸を抑えるのに精一杯だった夏を私は、
覚えている。
今年で26になる
宗教ぐるいの母と、気は弱いが優しい2人目の父の元を離れ、
滑り止めで受かった大学に入学し、上京し、
美術の道を諦めた。
油絵は趣味としていまも続けているが、
ツイッターに投稿しても、色々と履き違えた人間から2リツイート7いいねもらえるかどうかの作品だ。
彼氏はいない、
別に、いなくてもいい
脳裏に背の高い男が浮かんでも、
いなくてもいい
いなくてもいい
高3の夏から、例の女のインスタグラムを監視していたが、どうやらその女はすべての大学に落ちて、その直後に男とは別れていたようだった。
男にはすでに新しい彼女が出来ていたし、
青山学院に合格していた。
新しい彼女はいかにもミスコンで準優勝を逃しそうな女だった。
いい気味、なんて言ってしまうと、貧しいように思えたから、
女のインスタグラムのストーリーと、
泣き顔の自撮り、38度と表示された体温計の写真と添えられた長文をスクショしておくくらいで済ませた。
一方私には1度大学で彼氏が出来たが、
気の弱い父に姿を重ねてしまって、
次第にぎくしゃくして別れた
後日聞けば、彼も私にひねくれ者でひとりぼっちの、2年前に自殺した元カノの姿を重ねていたそうだ。
それから大学を卒業した今でもたまにご飯を食べに行ったり、小説の貸し借りする関係を続けている。
昨日も彼と飲んだ
2人でポテトや唐揚げをビールで胃に押し込んで、近況の話をした。
そのあとは本当に何もなくて、何も無かった
もう大人なんだから、セックスくらいで騒がないのに。
埼京線で自宅に帰る時
「これでいいのだ~」とお馴染みの曲が頭に流れて、笑った。
電車の窓にはファンデーションがよれた私がいた。
「エスティーローダーのファンデ、やっぱり買おう」